橘玲「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」幻冬社 (2010)

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

卒業を間近に控えた大学四年生の冬,ぼくはマクドナルドで夜間掃除のアルバイトをしていた.当時は四年の夏から秋にかけてが就職活動の時期で,学生のほとんどは内定をもらっていた.ぼくは完全な落ちこぼれで,なにをすればいいかわからずおろおろしているうちに,気がついたら就活シーズンはとっくに終わっていた.
(中略)
カネコさんはスーパーバイザーで,担当地域の店舗を管理し,店長を教育する立場だった.
(中略)
そのカネコさんと,いちどだけ話したことがある.十二月の終わりで,正月のシフトを確認するために店に呼ばれたのだ.年末年始は学生バイトが減るためやりくりが大変で,そのかわり時給も高くなった.ぼくはなんの予定もなかったので,おカネを稼ぐ格好の機会だった.
たまたま店にきていたカネコさんが,ぼくの履歴書を見て,「君,就職は?」と訊いた.
「えっ…,ま,まだなにも決まってません」
どもりながら,ぼくはこたえた.
「卒業する気はあるの?」
「はあ,なんとか」
「で,そのあとどうするの?」
(中略)
カネコさんは首をかしげてしばらく考えていたが,「君,うちに来る気はない?」といった.
(中略)
その話はけっきょくお断りしたのだけど(店長やカネコさんの仕事ぶりがあまりにハードでビビったのだ),カネコさんは嫌な顔ひとつせず,「とにかくスーツを買いなよ」とアドバイスしてくれた.「新聞の求人欄を見て面白そうな仕事があったら,面接に行って”一所懸命働きます”っていうんだよ.君がなにもできないことくらい,みんなわかってるんだからさ」
年明けからそのとおりのことをして,ぼくは小さな出版社に職を見つけた.